——『学校に行かなかった僕が、あのころの自分に今なら言えること』より

こんにちは。たぬきです。毎年不登校に苦しむ生徒は絶えません。そんな彼らに読んで欲しいと図書館に入れたこの本を紹介します。
「大丈夫」はいらなかった——本当に欲しかった言葉
不登校の理由は、一つじゃない。
そして、誰にも簡単には分からない。
石井しこうさんのこの本には、自身が中学2年生で不登校を経験した“当事者のまなざし”が、まっすぐに綴られています。
「がんばって」「大丈夫」なんて言葉じゃなくて、あのときの自分が、本当に聞きたかったこと—それを、キレイゴト抜きで届けてくれる一冊です。
「不安」は自然なこと——心も体も、ちゃんと守って
不安を感じるのは自然なこと。身体症状が出たら止まること。
無理に前向きにならなくていい。
無理に学校に行かなくていい。
体が動かないときは、それだけ疲れているってこと。
「止まる勇気」は、逃げじゃなくて、生きるための大切な選択。
「家庭訪問が嫌なら断っていい」
気を使って、笑顔をつくって、疲れるだけなら断っていいんです。
家が「安心できる場所」であることの方が、ずっと大切。
誰に気を使わなくたって、あなたの空間は、あなたのものです。
「いじめた人」を許さなくてもいい
許すことが「大人」だと思ってた。
でも、あの時、心にできた傷は、いまもちゃんと覚えている。
忘れなくていい。無理しなくていい。
傷ついた「あなた」が悪いんじゃない。
許さないと決めることも、自分を守るための行動です。
髪を切ることさえ、できなくなる日もある
不登校になると、意外なところまで動けなくなる。
たとえば、美容院や床屋。「学生さんですか?学校は?」などと聞かれたくない。
でも、著者は「セルフカット」でさっぱりしたって言います。
鏡の前でハサミを持ったその時間が、自分の手で自分を整える、小さくても大きな一歩だったのかもしれません。
「申し訳ない」と思わなくていい。あなたは闘っている
勉強ができていないこと。
人と話せないこと。
家にずっといること。
全部、「申し訳ない」って思ってた。
でもそれって、自分をすり減らしているだけ。
何もしてないように見える日だって、
あなたは心の中でずっと「闘っている」。
「週一登校」でほめられるのがしんどい理由
がんばったね!
えらいね!
たしかに、そう言ってくれる人は優しいのかもしれない。
でも、何かモヤモヤする。それは「今の自分」の否定だから。
つらいのは当たり前。わかる人には、わかる。
今がよければ、過去も変わる——敏感すぎるのは「気質」
苦しかった過去が、あとになって「意味があった」と思える日が来る。
敏感すぎるのは、弱さじゃなくて、人よりも多くのことを感じ取れる「あなたの気質」。
それは、痛みを抱える人にそっと寄り添える力でもあります。
「何ヶ月も勉強してない」——それでも大丈夫
タイミングは、人それぞれ。「やる気」が湧くのを待つしかないときも、あります。
焦らなくていい。「その気」が来るまでは、無理に動かなくていい。
だからこそ、始めたときのあなたは、きっと強い。
「黒歴史」も、いつかは宝になる
黒歴史は、いずれ財産になる。
恥ずかしかったあの日々も、誰かを救う言葉になるかもしれない。
この本の一番大きな魅力は、「過去の自分に向けた言葉」が、そっくりそのまま、いま苦しんでいる誰かの「支え」になっているところです。
だから、「いま」うまくいっていない自分も、「未来の誰かのため」に意味を持つ日が来るかもしれない。
そんな希望を感じさせてくれるのです。
たぬき的メモ
- 「止まっていい」とは、なかなか言ってもらえない言葉。でもこの本は、ちゃんとそう言ってくれる。
- 不登校は「サボり」じゃなく「闘い」——それが何度も繰り返される。
- どの言葉も、「誰かを元気づけるため」じゃなく、「あの頃の自分を守るため」に書かれているのが伝わってくる。
- 読み終わったあと、自分を少しだけ許せるようになる本。
あとがきのようなたぬきのひとこと
この本は、やさしすぎるくらいやさしい。
でも、甘やかしているわけじゃない。
ちゃんと痛みを知っている人の言葉だからこそ、どんなにボロボロでも「そのままでいいよ」と言ってもらえる気がしました。
まだまだこの本の魅力は伝えきれていません。この人の言葉で読んでみて。

