
こんにちは、たぬきです。みなさん、いかがお過ごしですか?
私は今日、お墓参りに行ってきました。
毎年この時期になると、「もう一年経ったのかぁ」としみじみ感じます。
きっと、私と同じように感じている方も多いのではないでしょうか。
お墓の前で手を合わせると、ふと遠い昔の記憶がよみがえってきたりして、
なんとも言えない懐かしい気持ちになりますよね。
矛盾してる? お墓参りと迎え火
さて、お墓参りの帰り道。
ふと、こんなことを思ったんです。
「…あれ? ご先祖様を迎えるために迎え火を焚くのに、わざわざお墓までお参りに行くって、ちょっと矛盾してない?」
だって、ご先祖様はもう家に向かっている途中かもしれないし、
そもそもお墓にいらっしゃるとは限らないのかも…。
そんなことを考えていたら、不思議な気持ちになってきました。
でも、どうしてそういう風習になっているのか、気になったので調べてみたんです。
お墓参りには「お迎えに行く」意味があった!
いろいろ調べてみると、ちゃんとした意味がありました。
まず、迎え火というのは「ご先祖様が道に迷わないように焚く目印」なんだそうです。
そして、お墓参りはというと――
「ご先祖様をお迎えに行く」
という意味が込められているんだとか。
つまり、お盆の期間、ご先祖様は一時的にあちらの世界から帰ってきます。
そのとき、まず立ち寄るのが「お墓=ご先祖様の家」。
だから、私たちはお墓まで出向いて、
「ご先祖様、お迎えにまいりました」
とご挨拶する。そこから一緒に家へ帰ってくるイメージなんですね。
そして、家に戻る道中で焚かれる迎え火が、道しるべになるというわけです。

儀式じゃなくて「想い」なんだなと思った
このことを知ったとき、なんだか心の奥がぽっと温かくなりました。
形式だけの儀式だと思っていたお墓参りや迎え火が、
ご先祖様を思いやる、やさしくて大切な気持ちの表れなんだと気づいたからです。
こういう日本の風習って、本当に奥深いですね。
🔗 説の補強になる参考リンク
この記事を書くにあたって参考にしたリンクを載せておきます。
たぬきのひとこと
「ご先祖様、今年もお迎えにまいりました。」
― そんな言葉が自然と出てくる、暑いけれどあたたかい夏のひととき。
来年からお墓参りは必ず13日にしよう!と決めたたぬきでした。
今日は「よりみち」ではありません。すごく大切な伝統行事について書いてみました。最後までお読みいただき有難うございました。

