
尊敬する大先輩に紹介されて手に取った一冊。
それが、瀬戸内寂聴さんの『私解説』でした。
正直、寂聴さんの小説はこれまであまり読む気になれず、過去に読んだのは『夏の終り』と『女人源氏物語』くらい。エッセイや対談集の印象が強かったこともあり、小説から少し距離を置いていたのかもしれません。
でも、この本を読んで、少しずつ考えが変わりました。
「瀬戸内寂聴全集」に収録された自作の解説文を一冊にまとめた作品。
各章が短く、朝のひとときにちょうどよくて、少しずつ読んでいくうちに、
まるで寂聴さんの伝記を読んでいるような感覚になっていきました。
小説家としての眼差しに、惹かれていく
数多くの人を見つめ、数多くの偉人に会い、数多くの作品を生み出してきた寂聴さん。
でも、その歩みは決して「驕り」に満ちているものではありません。
ひとつひとつの解説に込められた真摯なまなざしに、気づけば夢中になって読み進めていました。
特に印象に残ったのは、『美は乱調にあり』についての一節。
まだ坂本龍一さんが二十代の時、対談したら、
本文引用
「ぼくは高校の時、瀬戸内さんの『美は乱調にあり』と埴谷雄高さんの『不合理ゆえに吾信ず』を読んで、
よし、この二つで何でもできると思ったんです」と言われ、笑ってしまった。
大正時代に青春を生きた人々を描いた作品。
その情熱や破滅の美しさ、たった15年しかなかった時代の濃密さに、
寂聴さん自身も、そして読者である私も、強く惹かれたのだと思います。
人と出会うこと、それが宝になる
寂聴さんが、これまでどれだけの作家・人物と実際に会ってきたか。
その軌跡が解説のあちこちに感じられます。
ある日、私の孫のような若い平野啓一郎さんと逢っていた時、
本文引用
平野さんが言った。「一番羨ましいのは、瀬戸内さんが、ぼくが活字でしか逢えない作家たちと、実際に逢っているということですね。」
その声音に、いかにも羨ましそうなひびきがあり、私は急に人と逢った自分の記憶が宝物のように思われてきたものであった。
この部分、思わず何度も読み返してしまいました。
平野啓一郎さんは本当に声も素敵なんですよね。脳内再生が止まりません(笑)
そしてこのエピソードは、『文学への問い』という作品の解説部分に登場します。
随筆ですが、これもとても面白そうでした。
📌たぬき的・ぐっときたメモ
- 短編形式のため、朝読書にもぴったり
- 寂聴さんの人柄と誠実なまなざしが滲み出ている
- 『美は乱調にあり』など、読んでみたくなる小説がたくさん見つかる
- 「人と会うこと」への深い愛情と、その記憶の重み
- 寂聴さんに出会い直したような一冊
あとがきのような、たぬきのひとこと
今までエッセイばかりだった寂聴さん。
でも、この『私解説』のおかげで、読みたい小説が一気に増えました。
時間をかけて、少しずつ、
あの時代を生きた人々と、寂聴さんの言葉に寄り添ってみたい。
そんなふうに思わせてくれる、
静かで、でもとても力のある一冊でした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました😊

